このサイトは自分の子供たちのために作りました。まだはじめの構想の5分の一しかできていませんが、自分にプレッシャーをかける意味で公開しました。
 なお作成する上で多くのHPを参考にいたしました。その中で主なものをリンクサイトに紹介しておきます。
 
 
 レオナルド・ダ・ヴィンチについて語る多くの人は
「画家であり、彫刻家、建築家、哲学者、音楽家であった万能の天才」として評価する。
 確かにそうであるに違いないが,彼に近づこうとすればするほど、画家でもなく、彫刻家でもなく、建築家でもなく、哲学者でもなく、ましてや音楽家でもない、自分の好奇心にただ忠実であろうとする孤独な思索しつづける散歩者を見る。
 彼は思索するために絵を描いているのだ。
 いかなる意図をもってか、誰も読めぬ書体で書かれた手稿は、いまは多くが散逸し、それすら世の中に発表しようとしたものなのかどうかわからない。
 手稿の断片にたまたま後世の人間による自転車らしき落書きがあった。これをみたレオナルド研究家たちは、彼が自転車すら発明しようとしていたとあわて騒いだ。
 彼は飛行機を発明したのではない、飛翔を夢想しただけである。
 「最後の晩餐」は、宗教画を描いたのではない。自分に適した描画方法を試み、そして失敗したのだ。
 あのイエスの孤独は、彼自身の「自我の像」である。
 生涯で彼が手がけた絵画は、不明瞭なものを加えても10数点、しかもほとんどが未完成。
 もしかすると死ぬまで手放さず、筆を入れていたいわゆる「モナリザ」すら彼から見ると未完成のもので、人に見せるためのものではなかったかもしれない。あの微笑は、彼を天才として向こう岸に追いやるわれわれに向けられているのだ。
 「モナリザ」こそ残りの生涯十数年を費やして描きつづけた自画像であった。
 
 決して明るくはないが、陰湿な暗さは感じられない生涯。
 死を悟った彼は、召使の女性の衣服まで配慮した入念な遺言を残している。
 忠実だった弟子フランシスコ・メルツィは、彼の生涯においてこれを忠実に実行した。
 「充実した人生は長い。充実した一日がよき眠りを誘うように、充実した人生はよき死をもたらす。」
 彼は肉体を離れた精神を認めない。もしかすると「神」すら信じていなかったであろう。
 もう一度言おう。
 孤独な思索しつづける散歩者 レオナルド・ダ・ヴィンチ。
 今はもう彼の遺体を安置する墓すら存在しない。
 
 「君が手に触れる水は過ぎし水の最後のものにして、来るべき水の最初のものである。現在という時もまたかくのごとし」
 
 天才レオナルド論ではなく、彼の生涯をたどりながら彼の作品と向き合うことができ、できれば当時の時代背景もたどることができるサイトを作ろうと思いました。
 まだ5分の1ぐらいしかできておりませんが、公開しながら作成していきます。

  レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯(1)

  レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯(2)

  レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯(3)

  レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯(4)